日本プロレスの父・力道山がWWE殿堂入り 殿堂入りレスラーたちの軌跡を振り返る

現地時間3月31日、フロリダ州オーランドのアムウェイセンターでWWE殿堂式典が行われ、プロレスの黎明期に活躍した功労者に贈られる「レガシー部門」の殿堂者に日本プロレスの父・力道山が選ばれ話題になった。

プロレスの歴史に残る往年の名選手やプロレス文化を支えたプロモーター、関係者などに贈られる「レガシー部門」は、2016年から制定され、昨年はパット・オコーナー、フランク・ゴッチ、ルー・テーズらが受賞。力道山は日本のプロレス界の礎を築いた功績や、ルー・テーズ、フレッド・ブラッシーらとの闘いなどが評価されての殿堂入りとなった。

WWE殿堂(WWE Hall of Fame)は、1993年に死去したアンドレ・ザ・ジャイアントの生前の功績を称える目的で創設された。殿堂入りの表彰はレッスルマニア前日もしくは前々日に行われるイベントとして一連の行事に組み込まれ、記念セレモニーも盛大に行われている。


■2017年に殿堂入りしたレジェンドたち

2017年に殿堂に迎えられたのは、ダイヤモンド・ダラス・ペイジ、ロックンロール・エクスプレス、リック・ルード、カート・アングルら6組。インダクター(授賞式での紹介者)たちがエピソードを語った後、大歓声で迎えられた殿堂者達は、これまでのキャリアを振り返りながら、彼らを支えてきた仲間やファンそしてWWEに感謝の気持ちを表した。

ダイヤモンド・ダラス・ペイジ(DDP)は、マネージャーとしてAWAやWCWで活動した後、1991年、35歳にして選手として正式にデビュー。当初はマネージャーを兼任しながらTV王座戦線など中堅で活動していたが、1999年4月にはリック・フレアーを破りWCW世界ヘビー級王座を獲得し、2001年のWCW崩壊後はWWF(当時)と契約してWWFヨーロピアン王座を獲得。殿堂入り式典でのインダクターは、WCWの副社長だったエリック・ビショフが務め、スピーチではWCW時代より苦楽を共にしたリック・フレアーに感謝の気持ちを伝えた。


リッキー・モートンとロバート・ギブソンによって結成されたロックンロール・エクスプレスは、ティーンエイジャーの少女たちから熱狂的な人気を獲得したアイドル系タッグチームの先駆け的存在で、後進のタッグチームにも多大な影響を与え、数々のフォロワーやイミテーションを生み出した。WWFには1993年の『サバイバー・シリーズ』にゲスト出場し、1998年のレッスルマニアの15チームタッグマッチにも出場した。インダクターは、ミッドナイト・エクスプレス、ヘブンリー・ボディーズなどロックンロール・エクスプレスのライバルとなったチームのマネージャーだったジム・コルネットが務めた。

マッスルボディと腰をクネらせるパフォーマンスで知られる、リック・ルードは自らを「Ravishing(魅惑的な)」と名乗り、対戦相手の情けない姿が描かれたロングタイツがトレードマークだった。1987年7月よりWWFに参戦し、ボビー・ヒーナンをマネージャーに迎えてポール・オーンドーフやジェイク・ロバーツと抗争。1988年1月には、ハルク・ホーガンのWWF世界ヘビー級王座に挑戦した。1989年はアルティメット・ウォリアーと抗争を展開し、4月2日開催の『レッスルマニアV』でウォリアーからWWFインターコンチンネンタル・ヘビー級王座を奪取している。インダクターは、WCWでの抗争相手だったリッキー・スティムボートが務めた。


式典の最後を締めたのは、オリンピック・ヒーローことカート・アングル。カートは1996年のアトランタオリンピックでのレスリングフリースタイル100kg級金メダリストで、1999年11月にWWEデビュー。無敗のままUS王者とIC王者となると2000年にはWWE王座も獲得し、世界ヘビー級王座、ハードコア王座、タッグ王座なども獲得した。ライバルだったジョン・シナの紹介で現れたカートは、ライバルや関係者たちへ感謝の言葉を述べ、最後は両手に持ったミルクボトルをストーンコールドさながらにガブ飲みして殿堂入りを誇った。

他にもロイヤルランブル戦に出場した2番目の女性で、女性として初めてテーブルマッチも行っているベス・フェニックス、マネージャーやスマックダウンのGMとして活躍したテディ・ロングが今年の殿堂入りを果たした。少々気が早いが、2018年には誰が殿堂入りするのか、今から興味がかき立てられる。

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