天龍源一郎が「こいつには負けたくない」と思ったレスラーとは? DVD&ブルーレイ『LIVE FOR TODAY−天龍源一郎−』発売記念!天龍源一郎×MEGA-G対談【中編】

10月の某日、この日は季節外れの夏日で、私は必要以上に汗をかきながら赤坂駅に降り立った。しかし、この汗は暑さのせいだけでは無い。数週間前にインタビュアーのオファーを受けてからというもの、RAPも手に付かず毎日ソワソワして質問を熟考する日々が続き、頂いたドキュメントフィルムを何度も見直した。そんな大物を相手にする緊張から流れ落ちる汗でもあった。


Abema格闘TIMESの連載を始めてから数ヶ月、最近はもっぱらK-1やUFCなどを中心に観戦やレビューの執筆が続いていたが、自分の一番好きな格闘技はプロレスだ。そんな少年時代から見続けていた昭和プロレスの生き字引である伝説のレスラー・天龍源一郎と対面してインタビューをする……。正直言って全く現実味がなかったのだが、ドアの向こうのオフィスから聞こえる声を聞いた時に、一気にリアルのスイッチが入ったのを覚えている。


果たして声はしっかり聞き取れるだろうか? 失礼な質問で気を悪くすることはないだろうか? 不安は尽きない……が、緊張しているのが伝わってしまったのか、天龍さん自ら握手をしていただき緊張をほぐして頂いた……ここから始まる60分1本勝負。これは今を生きる漢の物語『LIVE FOR TODAY』を、より一層楽しむ為のインタビューである。


■プロレスは掴みどころのない鵺(ぬえ)のようなもの

MEGA-G:天龍さんは引退ロードで、たくさんの選手と対戦されていました。僕がDVDの中で、一番グッときたのが藤原組長とのやりとりでした。藤原さんとのエピソードをお聞かせください。


天龍:藤原さんとは同世代で、上がっていた団体も全然違うんですが、やっぱ言えることは、プロレスって掴みどころのない鵺(ぬえ)のようなものでね。俺と藤原さんは、自分の中である種の「意地」みたいなものを確立させながら、この職業を永らえてきたレスラーだと思うんですよね。「プロレスなんてエンターテイメントじゃないか」と言われてしまえば、そうかもしれない。でも「じゃあお前はやれるのか」って。同時代にそういう相克を持ちながら、この職業をやってきた男たちだと思う。そういうところでは通じるものがあるし、ああいう職人がいるから俺もやってこれた。

なんというか相撲からプロレスに転向して、不器用なプロレスをやっていた天龍源一郎がいたからこそ、プロレスを続けられたというレスラーもいると思うんです。ある意味でお互いがお互いの影になりながら認め合ってたのかなあとも思いますね。安心感があった。藤原選手が「これからも頑張ってくれよ」って言ってくれたことには本当に感謝してるし、ありがたかったですね。全然話は変わりますが、映画の中で鈴木みのるが発した「天龍源一郎は最後まで時代と戦って、終わろうとしてる」って言葉にはシビレたね。「コノヤロー!」って思ったよ。


MEGA-G:自分もシビレました!


天龍:「カッコイイこと言うなあ」ってな(笑)


MEGA-G:あれは記者会見から持っていきましたね。


天龍:あんな顔してるのに良い言葉吐いてくれるよ(笑)


MEGA-G:タッグを組んだ選手だと柴田選手も天龍さんに寄せたファイトをしていたように思います。


天龍:そうですね。


MEGA-G:天龍さんから見て、天龍イズムを最も継承している選手を挙げるとすれば、どなたでしょうか?


天龍:いやあ、これは言い訳でもなんでもないですけど、みんなある部分を取り入れて、ある部分を消去しながら、自分を確立してるんだと思いますよ。例えば石井智宏にしたって、どっかを盗んで、どっかを剥いで石井スタイルをやっている。やっぱりそれがレスラーの性だと思うんです。


MEGA-G:美味しい所はいただいて・・・ですね。


天龍:いらない所は剥いで。それで「石井流」とか「柴田流」を作り上げている。まあ俺に言わせりゃレスラーのいやらしい所ですよ(笑)。まあ俺だって最初は猪木さんの真似をしながら、後から自分流を作ったから。

一番最初、相撲からプロレスに来た時に(ジャンボ)鶴田選手に言われたことが「馬場さんはゆっくり動いて大きく見せようとする。俺はアマレスをやってたからスピーディーに動くことで、馬場さんにはないものを出していくつもりだ。源ちゃんも自分流のものを何か考えた方が良いよ」って言われたのを覚えていますよ。

当時の俺はプロレスなんか知らないから、その意味が全然わからなくて「何を言ってるんだろう?」って思ってた。で、何年か経ってアメリカに行った時に、猪木さんが使っている延髄斬りを真似しちゃったってのは有名な話だけど、そこから徐々に自分のスタイルを確立して行った。それと同じで皆さん、人の真似をしながら、模索しながら自分流を作り上げて行ったんだと思うんですよ。

俺が2000年に全日本プロレスにカムバックして、川田選手とやっている時、俺が顔面にババっとやった時に、客が「天龍! 川田の真似すんな!」って。俺からしたら「何年これやってると思ってんだ!」って(笑)。でも、その時には「時代とはこういうもんだなあ」と思ったね。


MEGA-G:得意技を川田選手に取られて。ちなみに川田選手や小橋さんは若くして引退されてますが、自分より先に引退してしまうことに寂しさはありませんでしたか?


天龍:そんなに気持ち良く辞められるもんかなというのはありましたね。やり残したことはないのかなって。もっと言えば、「勝手知ったる職業で、もっと沢山のファイトマネーをもらって、家族を潤わせてやろうという欲はなかったのかな?」って。まあ小橋の場合は病気だったからね。


紋奈さん:川田さんは引退してないですね。


MEGA-G:なるほど!


天龍:とにかく「もっと家族を潤わせてやろうという気持ちはなかったのか」というのが強かったですね。不思議だった。俺は選んだ仕事で沢山稼いで家族に良い目を見させたいという気持ちが強かったから。


MEGA-G:プロレスで食っていく、と。


天龍:「食っていく」というよりは、「父ちゃんがこんだけのことをやっているから、こんな風になれてるんだ」っていうのを分からせたいなって。強烈に思っていましたね。

■三沢と鶴田には「こいつらには負けたくない!」と思いながらやっていた

MEGA-G:DVDの中で川田さんや小橋さんが控え室を訪問する中で、ハンセンさんが来られた場面が良かったです。「究極のブロークンイングリッシュだ」とおっしゃっていましたが、英語は外国人選手と触れ合う中で覚えたのでしょうか?


天龍:帰国子女は別として、レスラーって「俺は英語が喋れるんだ」って思い込んでることが多いんですよ。来日した外国人レスラーが日本のレスラーと喋ってアメリカに帰ると一番最初に「なんでそんな変な英語になっちゃったの?」と言われるらしい(笑)。日本人にわかるように喋ってたり、日本人レスラーのブロークンイングリッシュに影響されて喋り方がおかしくなるんだそうです。で、当の日本人レスラーは「俺は英語が達者だ」と思ってる(笑)。


MEGA-G:自分も英語が喋れるわけではないので、外国人と話す時は、究極のブロークンイングリッシュを使ってます(笑)


天龍:1時間くらい喋れると「俺、英語が上達してるじゃない!」って思うよね(笑)


MEGA-G:そうですね(笑)。後になって向こうがわかりやすく喋ってくれていたことに気付く、と。先に引退されたハンセンさんは「俺のキャリアを何年か返してくれ」とおっしゃっていました。天龍さんには自分のキャリアを削ったと感じるレスラーはいますか?


紋奈さん:とはいえ65までやっちゃいましたからねえ(笑)


天龍:う〜ん。同じ団体で言えば、三沢とジャンボ鶴田だな。「こいつらには負けたくないな」と思いながらやっていたのは確かですよ。


MEGA-G:ジャンボさんは天龍さんよりちょっと年上くらいですか?


天龍:いや歳は(鶴田が)下だけど、キャリアは2年ぐらい先輩ですよ。三沢はひと回り下ですね。


MEGA-G:三沢さんと最初に触れ合った時はどのような感想を持たれましたか?


天龍:入ってきた時から器用なレスラーだった。何でもこなすし、我は通さない。常に柳に風のような性格で、何を言われても受け流す。俺は尖った部分も持っているけど、彼はサラッと対処してたね。


MEGA-G:ジャンボさんはどうですか? 天龍さんとは正反対?


天龍:いや、ジャンボも尖ってんだよ。だって、当時プロレスラーなのに新宿のルイードでギターコンサートやったんだよ?(笑)


MEGA-G:すごいですね!(笑)


天龍:300人くらいファンを集めて。70年代の話ね。


MEGA-G:ちなみに天龍さんは音楽への興味はありますか?


天龍:俺は全然ですね。当時アメリカに行った時に聴いていたカントリーミュージックとか。アラバマっていうミュージシャンがいて、そういうのを「哀愁があるなあ」と思いながら聴いていたくらい。


MEGA-G:音楽つながりで言うと、入場曲の「サンダーストーム」はどうですか?


天龍:あれは日本テレビさんが選んでくれたんです。あの頃はプロレスラーに入場曲を付けるのが流行っていたんです。僕ね、最初に聞いた時にピンとこなかったんですよ(笑)


MEGA-G:そうなんですか!?(笑)


天龍:ジャンボ鶴田選手のテーマ曲は「チャイニーズカンフー」ってアップテンポな曲だったじゃない? 当時はディスコが流行ってて、そういう曲が好きだったから。最初に効果音がガーっと入って、ギターサウンドが始まる「サンダーストーム」は、「なんかなあ……」という感じだったんだけど、ずっと流してるうちに馴染んできた。

実は高中正義さんと会ったのも、引退試合の時が初めてだったんですよ。無礼な話ですよね。わざわざ挨拶に来ていただいて、恐縮しちゃいましたよ(笑)。途中から(楽曲使用を)「まあ使ってるんだろうから、良いですよ」みたいな感じで許していただいて。それは感謝してます。


MEGA-G:最初は無許可だったってことですか?


紋奈さん:最初はテレビ局が付いていたので、使用料はテレビ局が払っていたんです。雷の効果音も日テレの音響さんが後から付けたものだし、長さも入場サイズに変わっているんです。それをずっと使っていたという状況ですね。


天龍:日テレが全日本をやめた時点で、曲を使うのをやめなきゃいけないはずなのに、その後も平気で使ってた(笑)。「著作権はどうなってんだ」って話になってたのかもしれないけど、ナアナアになっちゃったんですね。でも、それも最後の(高中さんとの)握手で終わっちゃったから(笑)


MEGA-G:(爆笑)当人と握手してチャラになっちゃったわけですね!ちなみに引退試合はデビューした11月13日と近い11月15日でした。

天龍:これは彼女が選んでくれたんだ。俺はもう「やめる」ということだけケジメがつけられれば良いと思ってたんですが、家族は敏感になっちゃって、両国国技館に電話してくれた。で、両国でやろうってなった時に、俺は「こんなプロレスが寒い時に、あんな1万人も入る場所でやるなんて」って文句言ったよ(笑)


紋奈さん:現実的なんですよ(笑)


天龍:「借りるのに何千万もかかるのにどうすんだよ」ってね(笑)。そうしたら彼女と女房が「どうにかなるし、どうにかするよ」って段取りしてくれて。彼女が「11月空いてますか?」って連絡した時も「何を寝ぼけたこと言ってんだ! みんな何年も前から待ってるような場所を!」みたいな感じになったらしいんだけど、「天龍源一郎がやる」って言ったら、向こうが配慮してくれたみたいで。数ヶ月後に「11月15日の日曜日が空いていますよ」と言ってくれた。その時はすごく嬉しかったですね。


紋奈さん:引退する前の年ですから、申請は2014年に出しています。2014年の12月に本人から家族に話があったのですが、その時は「興行やらなくてもいいし、ちゃんと引退したことが分かれば良いから」みたいなことを言ってたんです。「何言ってるの? 自分がファンにとって大きな存在であることが分かってないの?」って思いましたね。

まあ「試合をしなくて良いくらい腹は決まっている」という意味だったらしいんですけどね。それで会見を開く2月まで何度か話し合って「できることをやろう」となった。そのときに「試合をやるにしろ、やらないにしろ、両国が良いなあ」って思ったんです。「引退するまでに半年は欲しい」という話をした上で、両国さんに問い合わせをして、そうしたら「いやあもう全部埋まっています」って言われて。でも「第二候補みたいな感じで良いなら」って言われたので、11月の土日を全部申請したんですよ。で、待ってたんですが6月まで全くわからない状況でした。


MEGA-G:本当にギリギリだったんですね!


紋奈さん:引退会見をした時も、引退ロードが始まった後も、全く引退試合のことが分からない状況だったんです。


MEGA-G:見切り発車的な感じだったんですね。


紋奈さん:もちろんどこかではやるつもりでしたけどね。望みは捨てずに。

『LIVE FOR TODAY-天龍源一郎-』11/15発売

発売・販売元:キングレコード

《特別版》Blu-ray&DVD:各¥5,800+税

《通常版》DVD:¥3,800+税

(C)2016 天龍プロジェクト

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