大社長・高木三四郎が語る、DDTがサイバーエージェント傘下になった理由

2017年はDDT旗揚げ20周年と同時に激動の年になった。3月にさいたまスーパーアリーナ大会を開催、6月には東京ドームで路上プロレスを行なった。そして9月、サイバーエージェントグループ入りが発表に。


規模の小さいインディー団体が20年かけてスケールアップし、一部上場企業のグループに入った背景にはどんな考えがあったのか。これからDDTはどうなっていくのか。“大社長”高木三四郎に聞いた。

(聞き手・橋本宗洋)

――今年はDDT20周年でさいたまスーパーアリーナ大会開催、東京ドームで路上プロレス実現と記念企画が続く中で、サイバーエージェントグループ入りというビッグニュースもありました。


高木 去年くらいから、DDTの今後についてちょいちょい考えてたんですよ。「このままでいいのか」と。正直、2012年、2013年までは勢いでいけてたんです。イケイケ状態というか。でも、それ以降は横ばいというか、ダメではないけど大きい成長もないっていう。


――2012年というと日本武道館大会。2013年は両国国技館2daysがあった年ですね。そのへんが“自力”のピークという感じですか。


高木 まさにそうですね。その時期に、新日本(プロレス)さんはブシロード傘下になったじゃないですか。


――資本の面でもバックアップが大きくなったと。


高木 広告戦略なんかも凄いですよね。G1仕様の山手線とか。これだけ投資するんだって。


――DDTはというと、そこから映画の製作であったりDDT UNIVERSEで動画配信を初めて、アピールという面でもビジネスという面でも広がりはあったと思うんですよ。


高木 だから売上はあるんですよね。ただ投資もしているわけで。


――そういう意味では爆発的な変化とか成長ではないと。


高木 あとはWRESTLE-1のCEOと「2団体経営」というのもやらせてもらって、僕のイメージ的にはコストカットがうまいっていうところだったと思うんですよね。でも資本をしっかり投入して団体を成長させるっていうのは当然、必要なことで。それには、プロレス団体は自己資本だと限界があるのかなと。銀行からお金を借りたとしても“大勝負”すぎて手堅いことばかりになってしまうかもしれない。そうすると、インディーでやってきたウチの強みが消えちゃうんでよくない。


――DDTの強さを活かすためには、安心して冒険ができる資本のバックアップが必要だったと。


高木 しかもですね、団体が20周年ということは、初期からいる選手はけっこうな年齢になってるわけです(笑)。もちろんこれからも1歳ずつ歳をとっていく。結婚したり、子供が生まれたっていう選手も増えてきましたからね。彼らも20代、30代は勢いで突っ走ってこれる部分があった。でも40歳にさしかかって、奥さんや子供がいてとなったら、そういう彼らが仕事をする場所としてのDDTっていうのも考えないといけないわけです。


――リング上では大人にならない「ピーターパン」だけれども、と。


高木 だから、40でもリング上でバカをやれる環境を作りたいなっていう(笑)。それプラス、DDTは僕が事故なり病気なりでいなくなったら回らなくなる可能性もあったので。僕の個人商店から、後々まで引き継いでいける会社にしていきたいなと。これは新日本さんもそうだと思うんですよ。最初は「アントニオ猪木個人商店」だったのが、ブシロード傘下で「企業化」しましたよね。


――そこでよくサイバーエージェントっていう相手が見つかりましたね。


高木 他にも軽く打診をしていたお相手はいたんですよ。そこで思ったのは、プロレスが好きな社長さんがやられてる会社っていうのは、情熱を持って取り組んでくださるだろうけども、実際に仕事をする上では難しい部分もあるなと。


――「俺はこうやりたい」っていうのが出ちゃうんですかね(笑)。


高木 これは不思議なんですよね。プロレスが好きなのに噛み合わないことがあるという。それプラス、DDTはプロレス界ではある程度、知られていても一般的な認知度はまだ薄い。そういう意味でブランド力のある企業、誰もが聞いたことがある会社で、プロレスを好きじゃなくてもいいから「プロレスというコンテンツ」に経営的魅力を感じてもらえる企業が理想だなと思ってました。プロレス団体の経営に魅力を感じてもらえるというか。それと、欲を言うならメディアを持っている会社。


――まさにサイバーエージェントの藤田晋社長は「プロレスは詳しくない」と言いつつ、DDTを「AbemaTVに向いてるコンテンツ」と言ってましたね。


高木 自分的なきっかけの一つは、AbemaTVの『偉大なる創業バカ一代』っていう番組に出させてもらったことなんですよ。なんと事務所にハイヤーが迎えに来るという。「これも撮影の一部なのかな」と思ってたらそうじゃなくて。「創業者の方への敬意の表れです」と。このお金のかけ方は凄いなって思いましたね。べつにタクシーでいいのに(笑)。


――スケールが大きい。以前の「ネット動画」のイメージじゃないですよね。


高木 Amazonプライムの『ぶらり路上プロレス』も、反響としては地上波の深夜と同じくらいあったんですよ。その辺も含めて可能性は感じていたところだったので「これはお近づきになりたい」と。僕の持論なんですけど、新しいメディアが成功する時には、そこにプロレスとか格闘技がコンテンツとして大きな役割を果たしてると。テレビ黎明期の力道山がまさにそうですよね。


――AbemaTVでいえば、新生K-1の中継は両方にとって大きかったでしょうね。


高木 そこに入っていきたいし、AbemaTVって地上波っぽいじゃないですか、志向として。


――『72時間ホンネテレビ』も年末の朝青龍も地上波っぽい企画ですよね、テイストとしては。


高木 お金のかけ方もですよね。そこで、機会があって藤田社長にお会いした時に僕から売り込んだというか。東京ドームの路上プロレスの映像をお見せしたりして、藤田社長も「これはウチ(AbemaTV)向きですね」と。しかも最初に会場で見てもらったのがビアガーデンプロレスのディーノ&ササダンゴdayで(笑)。


――時期を考えると本当に一気に決まった感じなんですね。


高木 決定が早くないと、複数の人間で「どうしましょうか」ってやってるうちによそが始める可能性もあるじゃないですか。旬を逃してしまったり。IT業界も決定が早いんですよね。今回は早いもの同士が組んだんでメチャクチャ早かった。M&Aに詳しい知人が驚いてましたから。


――藤田社長は「DDTを変えるつもりはありません」とも言ってましたね。


高木 この話を持ちかけた時に、藤田社長には「ひょっとして社長をやめられるんですか?」って聞かれたんですよ。でも僕は「むしろ事業を拡大していきたいんです」と。


――藤田社長としては「面白いんだから任せておきたい」っていう感じだったんですかね。


高木 AbemaTVもコンテンツがほしいっていう状況で、お互いの考えが本当にぴったり合ったんですよね。

続きを見る