飯塚高史、“狂乱の象徴”をリングに残す決別メッセージ タイチ「いつでも持ってるからよ。ハメたくなったらオレの所へ」

 “稀代のヒール”・飯塚高史が去ったセルリアンブルーのリングの真ん中には、狂乱の象徴であるアイアン・フィンガー・フロムヘルがそっと置かれていた。

 

 2月21日、後楽園ホールで開催された新日本プロレス「飯塚高史引退記念大会」。結果的には大物レスラーが去るような華々しいセレモニーも、ベテランレスラーが惜別と労いの言葉の中で聞くテンカウントもそこには無かったが、中堅の技巧派・飯塚孝之としての22年、さらにヒールレスラー「怨念坊主」としての飯塚高史の11年間が凝縮された近年稀に見る引退興行となった。


 1月6日に引退が発表されて以来、この日まで飯塚高史の一挙手一投足は、注目を浴びてきた。かつての端正なルックスと寡黙なベビーフェイスというイメージを知るオールドファンも、最近の丸刈りアゴヒゲ姿しかしらないファンも引退を前にした飯塚に再注目する1カ月だったと思う。「友情タッグ」で名を馳せた盟友、天山広吉が更生に名乗りをあげ「飯塚が昔のように口を開くのでは?」という期待が日増しに膨らんでいった。飯塚がマイクを持つと会場がどっと沸き上がり、天山の前で葛藤する姿に「あと一歩、次の試合は…」と声援を贈る不思議な現象もこの日が最後だ。


 この日の試合にはメインで登場。所属ユニット鈴木軍の鈴木みのる、タイチと組み、天山広吉、矢野通、オカダカズチカと、かつて所属したユニットも含め縁のある選手たちが勢揃いした。ここ数カ月でCHAOSと正規軍がなし崩し的に融合した結果、このメンバーが相まみえることになったが、通常ならそれほど魅力的なカードではないだろう。しかしユニットでの元メンバー、タッグパートナー、一人一人が飯塚との関係は深い。


 唯一違和感のあるオカダカズチカでさえ新人時代に正規軍での飯塚の史上最低の裏切りを目の前で見て、CHAOSで同じユニットに一時属した仲だ。さらに実況席には、かつてのタッグパートナー・山崎一夫氏と、「最も飯塚と抗争を繰り広げた」といっても過言ではない野上ジャスティス慎平アナが戻ってくる粋な演出も。


 いつもの入場曲、いつもの会場を徘徊しながら客席を練り歩くスタイル。恐怖におののくよりも、近づくだけで声援に沸いた引退興行ならではの風景だろうか。躊躇なく野上アナのシャツを引き剥がすのも野上アナ・飯塚抗争の再現だ。さらに天山広吉は、この日も飯塚・天山組通称・友情タッグのTシャツを着てリングへと向かう。


 勝手が違ったのは試合開始からの観客の反応だ、いつもの場外でのラフプレイ、いつものストッピングに大きな飯塚コールが起こる。フェイスガードの拘束を解かれてからは、ひたすら噛みつき攻撃、ひたすら天山に噛みつく。呼応するように鈴木みのるも噛みつきに加担して場を盛り上げる。


 この試合での一番の見どころは、飯塚とオカダカズチカの攻防だ。オカダと鈴木の熱のこもった戦いの流れからタッチでオカダと相まみえる。頭、つま先への噛みつきのあとは、オカダが勝利の方程式からレインメーカーポーズ、通常なら試合が終わるムーブだが、この日は違う。レインメーカーを回避すると、ロープワークから後ろにまわり魔性のスリーパーホールド。攻防からオカダのドロップキックを浴びると観客の「飯塚コール」、この声援に呼応するように、なんとサンボ式ひざ十字、技巧派・飯塚を象徴する技のひとつだ。完璧に決まったひざ十字でオカダを追い込む。


 クライマックスは天山とのマッチアップ「天山劇場最終章」だ。悲痛な声掛けともに繰り出されるモンゴリアン・チョップも虚しく、鈴木軍のお膳立てから魔性のスリーパーで天山落としにかかり、コーナー脇からアイアン・フィンガー・フロムヘルを取り出す。さらに天山のあげる声に葛藤する姿をみせつつも、アイアンフィンガーを振り下ろしたが不発。倒れ込んだ飯塚に天山が訴えかけ、友情タッグのTシャツをひいて贐(はなむけ)のムーンサルトでカウント3、飯塚を天山が葬った。


 試合後も二人のやり取りは続く。「いよいよ更生の瞬間か」と大きな飯塚コールに後押しされるように、一瞬握手に応じたように見せかけての噛みつき攻撃。その後は正気を取り戻し、イス攻撃からお約束のアイアン・フィンガー・フロムヘルで天山に一撃。鈴木軍の面々が全員集合し、飯塚のヒールとしてのエンディングをサポートした。自身のスタイルを貫き、何も語らずに再び客席を徘徊する飯塚高史に、鈴木みのるが自らの手でテンカウントゴングを強行するという前代未聞の行為で、最後の花道を演出した。


 ことプロレスラーの引退は「あって無い眉唾もの」と言われることが多い。復活の数も多いだけに、時には軽んじられることも少なくない「どうせ戻ってくるんでしょう……」と。そんな中、今回の飯塚の引退はその徹底したキャラクターを貫くプロフェッショナルの鑑といえる。ヒールターンの決意とともに、ご都合主義のベビーへのターンを潔しとせず「ヒールはヒールで終わる」という己の道を貫いた。


 それでもこの試合では、魔性のスリーパー、膝十字固め、一瞬体勢に入ったブリザード・スープレックスなど技巧派・飯塚孝之の姿が垣間見えた。ファンの期待に報いるための飯塚なりのパフォーマンスだったのかもしれないし、とっくにココロを取り戻していたのかもしれないが、飯塚の気質を考えると真実は判らないだろう。


 ただし、セルリアンブルーのリングの真ん中には、狂乱の象徴であるアイアン・フィンガー・フロムヘルがそっと置かれていた。タイチは試合後に持ち帰り「いつでもオレが持ってるからよ。これをハメたくなったらオレの所に来いよ」とエールを贈ったが、これが稀代のヒール・飯塚高史がリングを去ることを意味する、無言の決別メッセージなのだと思う。


(C)AbemaTV

写真/新日本プロレスリング


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